白血病に負けないおじさん

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<<   作成日時 : 2006/10/15 21:41   >>

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 新しくできた内閣も教育改革を政策の柱の一つに掲げているが、教育状況を変えていくのは難しい。
 1970年代後半「荒れる学校」が全国で吹き荒れ、教育の荒廃が言われ、それを是正するための手段として、生徒の管理を強めた。その結果、生徒同士での「いじめ」が生徒の間に広がり、現在へと至った。いじめによる生徒の自殺が目立つようになった。
 また「偏差値教育」に対する批判が広がり、その結果、業者試験の廃止や高校入試の方法が全国的に大幅に変わった。内申書も相対評価から絶対評価に変わった。偏差値そのものは生徒が自分の成績の位置を知るには役立つものであるが、その役割が理解されないまま、偏差値=悪のレッテルを貼られて葬りさられてしまった。その後「ゆとり教育」を文部省が推進し、学習内容の大幅な削減が行われ、さらには週休2日制の導入により授業時間も減少した。学力低下を恐れた親たちは子供を私立中学受験へと駆りたてた。中学受験ブームの到来だ。東大などの一流大学に受かるには私立の進学校が有利になると判断した結果だ。中高一貫教育の成果が一流大学の合格数にでるため、私立中高も生徒に勉強を強いるとともに、それを学校の指導方針にして生徒を集めている。最近では多くの地方自治体が公立校の存続に危機感を抱き、中高一貫校を設立し始めている。一方子供たちも一流大学合格を目指して勉強に励む。こうして学力の格差が子供の世界で広がり、それが社会格差に繋がってきている。
 最終的な教育の受け皿である大学の教育が変わらない限り、日本の教育問題は解決しないだろう。最近では大学の数が増えて倒産する大学も出てきており、また誰でも大学へ入学できるため、大学そのものの質が落ちてきているのは事実だ。生徒も受かるのだからあえて勉強しなくてもいいと考えている。この傾向が続けば、勉学に励む生徒が入学する大学と、誰でも入学できる大学とにいずれ二極分化するだろう。と同時に日本の社会も同様の傾向をたどり、ますます格差は広がっていく。
 教育の目的は国家のためになる人材を育成するのではなく、個人が自立して生きていくための能力や技術や知識を習得するためにある。また少数のエリートを育成するためではない。いまや高等教育を受ける傾向は世界的である。大学の教育内容の質がこれからは問われるであろうし、学生に対しては厳しい学習指導がなされない限り、大学の卒業証書は飾り物でしかなくなってしまう。
 教育は時代を反映するとともに、かつ時代を先取りしていかなければならない。形骸化した内容や構造は社会の停滞にも繋がっていく。
 教育改革が難しいのは指導の対象とする子供たちは毎年流動して変わるが、一方、指導する側は固定しているため指導方法が変わらないからである。指導する側に求められるのは、年毎に変わる指導する子供たちの置かれた状況や心理状態を把握していなければならないことと、社会の変化に対応した学習内容や指導方法を自ら常に創りあげる努力を怠らないことだ。子供に対して努力を求める前に、自ら努力していることを模範として示すことも教師の役割でもある。
 教育の質を上げることは教師の質を上げることでもある。制度や学習内容の改革も大事であるが、まずは教師の意識改革から始めるべきだろう。

 移植後1年が経過する。感染症にも罹らず無事に過ごせたことを感謝。

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